祖父は昨年の6月に亡くなった。
何度も大きな病気をし、手術もたくさんして苦しんで、最後は地域で一番リッチな施設でお世話をしてもらって美味しいご飯とお酒を食べて、亡くなった。
物心ついた頃から私はこの母方の祖父のことが大好きで、大学生くらいからは1人で何度も会いに行った。
卒業旅行の自由時間を使って祖父の入院先の病院に会いに行ったりもした。
なんでこんなにおじいちゃんが大好きだったかは自分でもよく分からない。顔はとてもよく似ている(母より祖父に似ている)。
おじいちゃんがまた新しい病気にかかったと聞いては泣き、会いに行ってはひと目見て泣き出してしまい、せっかく連れて行ってくれたごはんをろくに食べられずにレストランでずっと泣いていたりした。
最後に会いに行った時も、親戚一同の前で自分だけずっと泣いていたので、泣かんと!とやんわり叔母さんたちに怒られたりした。
ただあの日、おじいちゃんは手を強く握り返してくれた。力を振り絞って握ってくれたのを感じた。そしてかすれる声で、当時金髪だった私に、今のままの髪がよか。と言ってくれた。
3年ほど前から自分も体調を崩しがちになり、発作で眠れない夜を明かしたりしていたのだけど、あとから「あの晩、おじいちゃんが熱が出て大変だったみたい」といった事後報告を聞いたことが何回かあった。
ああ、おじいちゃんの辛さを、神様が私に分けてくれたんだ。と思うようになった。
6月のある平日、おじいちゃんは施設で亡くなった。
その知らせを母からの淡々としたショートメールで受け取り、とりあえず早退して飛行機の予約をしたりしながら、その後も喫茶店で仕事をしたりしてた。
毎日毎日、20年以上大好きで身を案じていた人を亡くした時、自分はどうなってしまうんだろうと相当やばい精神状態を予想していたが、
実際にはびっくりするほど冷静だった。
別れが怖かっただけだった。
別れが来てしまってからというもの、もう恐るものはなく、おじいちゃん長い期間本当によく頑張りました。もう辛い思いをしなくていいね、天国で大好きなお酒とお刺身を好きなだけ食べてね、とどちらかというと晴れやかな気持ちですらあった。
結果的にその2ヶ月後に自分はパニック障害と診断されたので、おじいちゃんの死が、自分の身に何も影響を及ぼさなかったといえば嘘だと思うけど、最後に会いに行ってから亡くなるまでの数ヶ月、毎日おじいちゃんを思っては一人泣いていた頃に比べれば、強くなったような気がする。
強くなる機会をおじいちゃんがくれたのだと思う。
親子と違って、祖父と孫の関係はなぜ、ディープになりがちなんだろうか。ちびまる子ちゃんと友蔵のような。
まるちゃんのように一緒に暮らしていればな。
大学受験の時、本気で東京を出て、九州大学を受けておじいちゃんちから通おうかと思っていたくらいなのに。
そうすればよかったかな。